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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)5816号 判決

原告

小島宏

小島貞子

小島八重子

右三名訴訟代理人弁護士

堀場正直

松尾孝直

右訴訟復代理人弁護士

菅野利彦

被告

東南建物株式会社

右代表者代表取締役

大高基助

右訴訟代理人弁護士

弥元征策

主文

一  原告らと被告との間の別紙物件目録記載の土地についての賃貸借契約における賃料が、

1  昭和六一年四月一日から昭和六二年四月一六日までは一か月金一五五万二五〇〇円

2  昭和六二年四月一七日から昭和六三年四月三〇日までは一か月金一八四万八二〇〇円

3  昭和六三年五月一日から平成元年三月三一日までは一か月金二〇一万三〇〇〇円

4  平成元年四月一日から平成二年四月三日までは一か月金二二七万七〇〇〇円

5  平成二年四月四日以降は一か月金二四〇万二三〇〇円であることを確認する。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告らと被告との間の別紙物件目録記載の土地についての賃貸借契約における賃料が、

(一) 昭和六一年四月一日から昭和六二年四月一六日までは一か月金一七六万二五〇〇円

(二) 昭和六二年四月一七日から昭和六三年四月三〇日までは一か月金二一一万三九五〇円

(三) 昭和六三年五月一日から平成元年三月三一日までは一か月金二四六万六二七五円

(四) 平成元年四月一日から平成二年四月三日までは一か月金二八一万八六〇〇円

(五) 平成二年四月四日以降は一か月金三一〇万〇四六〇円であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らと被告は、昭和三六年九月四日、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)について、原告らを賃貸人、被告を貸借人とし、期間を昭和三六年九月一日から六〇年間、賃料を月額一万四一〇六円と定めて、堅固建物所有目的の賃貸借契約を締結した(以下「本件賃貸借契約」という。)

右賃料はその後順次値上げされ、昭和六〇年五月一日以降は月額一一九万八五〇〇円となった。

2  本件土地の賃料額は、次の事情により不相当なものとなった。

(一) 被告は、昭和六一年七月一二日、本件土地にこれまで建っていた木造住宅を取り壊し、鉄骨鉄筋コンクリート造地下三階付五階建のビル(店舗・事務所・劇場。各階床面積一階364.40平方メートル、二階ないし四階各417.01平方メートル、五階210.63平方メートル。以下「本件建物」という。)を新築したため、本件土地は小規模住宅用地としての税金の減額の対象からはずされ、昭和六一年度における固定資産税及び都市計画税(以下両者をあわせて「公租公課」という。)は前年度の計八五六万一四八〇円から同一〇八三万九三三〇円に上昇した。

(二) 本件賃貸借契約においては、被告が大部分を駐車場として利用していたことを考慮して近隣の堅固建物所有目的借地の賃料と比べて賃料を低額に抑えてきたものであるが、被告が本件土地に堅固建物を建築したことにより、近隣の堅固建物所有目的借地の賃料との不均衡が決定的となった。

3  そこで原告らは、昭和六一年四月一日、被告に対し、同日以降の本件土地の賃料を月額一七六万二五〇〇円に増額する旨の意思表示をした。

4  さらに昭和六二年度、同六三年度、平成元年度、同二年度にも公租公課が大幅に上昇し、それぞれ前年度の賃料をもってしても近隣の堅固建物所有目的借地の賃料と比べて不均衡が生じて不相当となったため、原告らは、被告に対し、昭和六二年四月一六日到達の内容証明郵便で同月一七日以降の賃料を月額二一一万三九五〇円に増額する旨の、昭和六三年四月二七日被告送達の本件準備書面により同年五月一日以降の賃料を月額二四六万六二七五円とする旨の、平成元年三月二八日到達の内容証明郵便により同年四月一日以降の賃料を月額二八一万八六〇〇円とする旨の、平成二年四月三日到達の書面により同月四日以降の賃料を月額三一〇万〇四六〇円とする旨の、各意思表示をした。

5  よって、原告らは被告に対し、本件土地の賃料が請求の趣旨記載の金額にそれぞれ増額されたことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1は認める。

2(一)  同2の冒頭部分は争う。

(二)  同(一)は認める。

(三)  同(二)は否認する。本件賃貸借契約における賃料は、昭和三六年九月当初から堅固建物所有目的を前提として設定されていたのであって、低額に抑えられていた事実はない。

3  同3は認める。

4  同4のうち、原告ら主張のとおり賃料増額の各意思表示がなされたこと及び公租公課が上昇したことは認めるが、その余は否認する。原告ら主張の各賃料額は、いずれも公租公課の上昇率を大幅に上回るもので、原告らは、公租公課の上昇を口実に実質手取り額の大幅な上昇を企図しているものといわざるをえない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1は当事者間に争いがない。

二請求原因2について判断する。

同(一)の事実は当事者間に争いがなく、これによれば、昭和六一年度における公租公課は前年度に比べ約二七パーセント上昇し、一か月当たりの額は九〇万円余に及んでいることは計数上明らかであり、昭和六〇年五月一日以降の賃料額である月額一一九万八五〇〇円は、それと対比すると不相当となっていることは明らかである。

三1  請求原因3及び4記載の各日時に原告らがその主張どおり賃料増額の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

2  そこで、原告らが主張する各日時における各相当賃料額について判断する。

(一)  証拠(〈書証番号略〉鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件土地は、JR新宿駅西口出入口から南西に直線で約二五〇メートル、徒歩四分の場所に位置し、南側で幅員約一〇メートルの、東側で幅員約一〇メートルの各舗装された区道に面している南東角地で、東西間口約13.5メートル、南北奥行約34.5メートルのほぼ長方形の土地である。

そして、本件土地の周辺は、中高層店舗兼事務所ビル等が多数存在する高度商業地域であり、都市計画上、商業地域(建蔽率八〇パーセント、容積率一〇〇〇パーセント)、防火地域に指定されている。

(2) 被告会社の代表者である大高基助の先代大高貫太郎は明治四四年一二月二九日から本件土地を借地し、昭和八年八月三〇日同人死亡により大高基助がその借地権を相続していたところ、昭和三六年九月四日、借地関係変更調停事件(当庁昭和三五年(ユ)第八三号)において、原告らと大高基助との間の木造建物所有目的の右賃貸借契約を合意解約し、原告らと被告との間に、請求原因1のとおりの賃貸借契約が締結された。

当時、本件土地上には、いずれも小規模な木造平家建建物が三棟存在するだけであり、それは建物の敷地以外の部分は駐車場として使用されていた。

そのため、昭和五七年からは、建物の敷地部分である九九平方メートルについては小規模住宅用地として公租公課の減額対象とされたが、駐車場用地の部分については非住宅用地として課税されてきた。

(3) 本件建物は、事業用、営業用の建物である。

(4) 本件建物の新築に伴い、小規模住宅用地による減額対象部分がなくなったこともあって、公租公課が上昇した。

本件土地についての昭和五八年度以降の公租公課(固定資産税及び都市計画税の合計額)は、昭和五八年度が七六一万九三五一円、昭和五九年度が七七八万三一六三円、昭和六〇年度が八五六万一四九一円、昭和六一年度が一〇八三万九三三八円、昭和六二年度が一一一九万八八一八円、昭和六三年度が一二八七万八六三九円、平成元年度が一四八一万〇四三四円、平成二年度が一五七五万八三三七円、平成三年度が一八九一万〇〇〇一円であった。(昭和六一年度の分は、当事者間に争いがない。)

(5) 本件土地の近隣の西新宿一丁目所在の土地(いずれも都市計画上本件土地と同一条件)は、一平方メートル当たり、昭和六二年一月及び四月に、三二二六万円余及び二九六二万円余で売却され、また、平成元年三月に推定更地価格二九三八万円余で売却された実績があり、更に本件土地近隣の公示地(西新宿一丁目七番三)の各年一月当時の公示価格は、一平方メートル当たり、昭和六〇年一〇五〇万円、昭和六一年一六〇〇万円、昭和六二年二八六〇万円、昭和六三年三三三〇万円、昭和六四年三四五〇万円、平成二年三七五〇万円、平成三年三八五〇万円であり、同じく東京都基準地(西新宿一丁目一八番二)の各年七月当時の標準価格は、一平方メートル当たり、昭和六〇年一一〇〇万円、昭和六一年一八七〇万円、昭和六二年二七〇〇万円、昭和六三年三〇〇〇万円、平成元年三二〇〇万円、平成二年三四五〇万円であった(公示価格及び標準価格は、公知の事実である。)。

(6) 国土庁発表の地価変動率及び本件土地周辺地域の需要動向によると、本件土地周辺の地価の変動率は、昭和六〇年一月からの一年間が約五四パーセント、昭和六一年一月からの一年間が七三パーセント、昭和六二年一月からの一年間が約九パーセント、昭和六三年一月からの一年間が約二〇パーセント、平成元年一月からの一年間が七パーセントの上昇であった。

(7) ところで、この間の消費者物価指数は、昭和六〇年五月を基準とすると、昭和六一年四月が1.2パーセント、昭和六二年四月が1.5パーセント、昭和六三年五月が2.2パーセント、平成元年四月が五パーセント、平成二年四月が7.9パーセントといずれも上昇している。

また、本件土地の周辺地域での商業地では、継続賃料が昭和六〇年一月一日から昭和六二年一二月末日までに平均して約四〇パーセント上昇している。

以上の事実が認められる。

(二)(1)  右取引事例、公示価格及び標準価格の変動並びに本件土地周辺の地価変動率からすると、本件土地の更地価格は、修正をしても、少なくとも一平方メートル当たり、昭和六〇年四月当時九三六万円、昭和六一年四月当時一四四五万円、昭和六二年四月当時二五〇〇万円、昭和六三年五月当時二七三五万円、平成元年四月当時三二八〇万円、平成二年四月当時三五一六万円を下回ることがなかったものと推認される。

(2) これに対し、公租公課の昭和五九年度から平成三年度までの各対前年比は、いずれも、昭和五九年度が2.1パーセント、昭和六〇年度が一〇パーセント、昭和六一年度が26.6パーセント、昭和六二年度が3.3パーセント、昭和六三年度が一五パーセント、平成元年度が一五パーセント、平成二年度が6.4パーセント、平成三年度が二〇パーセントの上昇率であったことは計算上明らかである。

(3) 本件土地のように、長期間賃借され、堅固建物所有を目的とした高度商業地域にある土地であって、本件建物のような鉄骨鉄筋コンクリート造建物が所在する土地にあっては、借地権割合が九割と認めるのが相当である。

(4) ところで、首都圏内の土地の価格が異常に高騰し、特に新宿周辺の土地については、それ以外に東京都庁の西新宿二丁目への移転がその勢いを増加させたことは公知の事実であるが、この土地高騰の結果をそのまま賃料に反映させることは相当でないことはいうまでもない。土地価格の上昇には、投機的な土地投資の結果により惹起された部分があり、それを直ちに賃料算定の基礎とすることは相当でないからである。しかし、本件土地のように都庁の移転に伴って価格が高騰した部分のように、客観的に正当化できるものもあり、高騰の部分を無視することも相当でない。土地の高騰は、その結果公租公課の上昇に影響を与え、それがまた賃料算定にも影響を与えることも明らかであるからである。

(5) ところで、昭和六〇年における賃料額は、公租公課の1.678倍と計算されるが、右割合によることが妥当であることを認めるに足りる証拠はないし(かえって、東京周辺での借地においては、右の割合が二倍前後であるが、幅の広い運用がされているのが実態であり、前記割合を超えて賃料額が定められることが稀ではないことも公知の事実である。)、また、正当な土地の高騰の割合がそのまま公租公課に反映するものではないから(前記した事実から明らかなように、公租公課の上昇と、地価の上昇とは連動していない。)、右割合で事後の賃料額を定めることも相当でない。

(6) 本件土地は、事業用・営業用の本件建物の敷地として使用されているから、個人住宅用の場合とは異なって、土地価格の変動を賃料に反映させることは不合理なものとはいえない。

(三)  以上の事情を斟酌した上で、以下本件土地の相当賃料について判断する。

(1) 証拠(〈書証番号略〉(田坂勇作成の昭和六三年八月三一日付鑑定評価書、以下「田坂鑑定」という。))によれば、田坂鑑定では、昭和六一年四月一日(以下「基準日一」という。)、同六二年四月一七日(以下「基準日二」という。)及び同六三年五月一日(以下「基準日三」という。)における相当賃料額は、それぞれ一五三万六〇〇〇円、一七一万七〇〇〇円、一九一万九〇〇〇円と算定していることが認められるところ、右鑑定は、本件土地の各基準日における相当賃料額を、差額配分法(当該基準時における底地価格の額に期待利回り三ないし四パーセントを乗じた額に公租公課の額を加えたものと支払賃料額との差額を賃貸人と貸借人との間で一定の割合で配分した額と支払賃料額を合算した相当賃料額を算出する方法)、純賃料割合法(当該基準時における底地価格に従前の純賃料割合(従前の支払賃料額と公租公課との差額を従前の底地価格で除した数値。前記したように本件土地の更地価格を九三六万円、底地割合を一割とすると、昭和六〇年の純賃料割合は、支払賃料一四三八万二〇〇〇円から公租公課八五六万一四九一円を控除した五八二万〇五〇九円を、底地価格四億三六〇六万三六八〇円で除した0.0133478と算出される。)を乗じた額と当該基準時における公租公課の額とを合算して相当賃料額を算出する方法)及びスライド法(従前の純賃料(支払賃料から公租公課の額を減じた額。昭和六〇年は五八二万〇五〇九円と算出される。)に物価の上昇率を乗じた額と当該基準時における公租公課の額とを合算して相当賃料額を算出する方法)によって求め、その互いの割合を一対一対三の割合で考慮して求める方法によっている。

そして、右鑑定においては、差額配分法による相当賃料算出に際し、賃貸人対貸借人の差額配分の割合を一対二としているが、最近における土地価格の異常ともいえる高騰を考慮すると、右の配分は合理的なものと認めることができる。

しかしながら、右鑑定は、期待利回りについて、基準日一について四パーセント、基準日二について三パーセント、基準日三について3.5パーセントとしているが、右各基準日についてそのような差異を設けることは合理的でないので、いずれも三パーセントと認めることが相当である。また、右鑑定では、差額配分法一対純賃料割合法一対スライド法三の割合で相当賃料を算出している。確かに、土地価格の高騰の結果を直ちに相当賃料に反映させることが相当でないことは前記したとおりであるが、土地価格を軽視することも相当でないので、相当賃料額は、差額配分法二対純賃料割合法一対スライド法二の按分により、算出するのが相当である。

そのような観点に立ち、前記認定の更地価格、公租公課、消費者物価指数を前提とすると、各基準日における相当賃料は、別紙計算書のとおりと算出されるが、このうち、月額賃料は、基準日一について一五五万二五〇〇円、基準日二については一八四万八二〇〇円、基準日三について二〇一万三〇〇〇円に限って認めるのが相当である。

(2) 証拠(鑑定人生江光喜の鑑定結果(以下「生江鑑定」という。))によれば、生江鑑定では、平成元年四月一日(以下「基準日四」という。)、同二年四月四日(以下「基準日五」という。)における各相当賃料額について基準日四における相当賃料は二三一万一〇〇〇円、同五においては二四九万四〇〇〇円と算定していることが認められる。右数値は、差額配分法、利回り法、スライド法及び賃貸事例比較法の四種類の方法によってえられた試算値を、二対一対一対二の割合で考慮して求められたことが計数上明らかである(なお、同鑑定書一八頁の、スライド法による価格時点bの試算値は二〇八万九三〇〇円の誤りであることが一見明らかである。)。

ところで、生江鑑定において採用されている賃貸事例比較法は、その比較の対象となった事例と本件の類似性が明らかでないのみならず、条件を対比する際の修正方法も、その基準が曖昧であるなど問題が多く、その結果を本件相当賃料算定の基礎として採用すべきではない。

また、右鑑定の採用する差額配分法においては、期待利回りを二パーセント、配分率を一対一にそれぞれ設定しているが、近年の土地高騰を考慮すると、前記認定と同じく、期待利回りは三パーセントと認めるのが妥当であり、配分率についても、先に認定したとおり賃貸人一対貸借人二の割合に設定するのが妥当である。

そこで、前記認定の更地価格、公租公課額、昭和六〇年の純賃料及び純賃料割合、消費者物価指数を前提とし、前記した基準日一、基準二及び基準日三の場合と同様の方法によると、基準日四及び基準日五における相当賃料は、別紙計算書のとおり算出されるが、このうち、月額賃料は基準日四について二二七万七〇〇〇円、基準日五について二四〇万二三〇〇円に限って認めるのが相当である。

四以上によれば、原告らの被告に対する賃料増額請求は、前記三で認定した相当賃料額の限度においてその効力を生じたというべきであるから、原告らの本訴請求は、右増額の効力を生じた賃料額の確認を求める限度で理由があるからその限度でこれを認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条及び九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田中康久 裁判官三代川三千代 裁判官谷口安史)

別紙物件目録〈省略〉

別紙計算書〈省略〉

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